東京地方裁判所 昭和58年(レ)184号 判決
控訴人
山田金吾
被控訴人
日通信販株式会社
右代表者代表取締役
岩永雄二郎
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金九万七四六〇円及びこれに対する昭和五七年一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴を棄却する。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被控訴人は、電話機器の販売等を業とする会社である。
2 控訴人は、被控訴人との間で、昭和五六年六月一八日、控訴人が被控訴人の営業社員として雇用される旨の労働契約(以下「本件労働契約」という)を締結した。
3 被控訴人は、控訴人に対し、本件労働契約において、賃金等について以下のとおり支払う旨約した。
(一) 固定給月額金一八万五〇〇〇円、通勤及び営業のための交通費月額金二万円の合計金二〇万五〇〇〇円を毎月二〇日締切りで二五日に支給する。
(二) 右の他、入社祝金として金三万円を入社後二、三日して支給する。
4 よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件労働契約に基づき、昭和五六年六月二一日から同年七月二〇日までの一か月分の固定給、交通費合計金二〇万五〇〇〇円のうち支給ずみの金一三万七五四〇円を除いた金六万七四六〇円と入社祝金三万円の合計金九万七四六〇円及びこれに対する各弁済期の経過後である昭和五七年一月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実は、すべて否認する。
三 被控訴人の主張
1 (賃金に関する約定について)
本件労働契約における賃金(月額)の定めは、以下のとおりであった。
(一) 基本給金一二万円、営業手当金三万円、通勤手当金一万円、通信手当金五〇〇〇円、職務手当金二万円、以上合計金一八万五〇〇〇円
(二) 但し、営業手当については、月間の獲得契約本数が四本以上でなければ支給しない。
(三) 支給日は、毎月二〇日締切り、当月末日払とする。
2 (欠勤控除)
控訴人は、昭和五六年六月二一日に欠勤した。したがって右欠勤により金七四〇〇円が控除されるべきである。
3 (営業手当の不支給)
控訴人が同年六月二一日から七月二〇日までの一か月間に獲得した契約本数は四本に満たなかった。したがって前記1(二)の約定により、営業手当金三万円は支給されない。
4 (所得税の源泉徴収)
控訴人に支給されるべき賃金等については、所得税として金一万〇〇六〇円が源泉徴収されることになる。
5 (賃金の支給)
被控訴人は、控訴人に対し、本件一か月分の賃金等として、前記1の金額から同2ないし4の金額を控除した金一三万七五四〇円を支給した。したがって、被控訴人に賃金等の未払はない。
四 被控訴人の主張に対する認否
1 被控訴人の主張1の事実はすべて否認する。
2 同2の事実のうち、控訴人が昭和五六年六月二一日に欠勤したことは認めるが、その余は否認する。
3 同3の事実のうち、控訴人の獲得契約本数が四本に満たなかったことは認めるが、その余は否認する。
4 同4は知らない。
5 同5の事実のうち、控訴人が被控訴人から金一三万七五四〇円支給されたことは認めるが、その余は争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求の原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、まず、請求の原因3(一)の事実について判断するに、原審における控訴本人の供述中にはこれに沿う部分があるが、右供述部分は、それ自体瞹昧でかつ具体性を欠いたものであり、また原審における(人証略)と対比してもにわかに措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも、成立に争いのない(書証略)には、営業社員の月額固定給として金二〇万五〇〇〇円支給する趣旨の記載があるけれども、右は募集広告であって、いわゆる申込の誘引に過ぎないものであるから、これをもって直ちに控訴人と被控訴人との間で請求の原因3(一)の如き約定が成立したものと推認することはできない。
かえって、前示当事者間に争いのない事実と成立に争いのない(書証・人証略)を総合すれば、被控訴人会社の総務課長である住若洋行は、昭和五六年六月一八日、採用面接に応募してきた控訴人の面接を行ったこと、その結果住若は控訴人に勤労意欲が認められたため、採用に適うものと判断し、引続き控訴人に対し服務規定(書証略)と歩合一覧表(書証略)とを示したうえ、月額賃金は基本給が金一二万円、営業手当が金三万円、通勤手当が金一万円、通信手当が金五〇〇〇円、職務手当が金二万円で、支給日は毎月二〇日締切りの月末払になっていること、右手当のうち営業手当は月間契約本数が三本以下の場合は支給されないこと、これら賃金等の他に、歩合一覧表に従って歩合給が支給されることを説明し、さらに商品の電話機(コードレス・ホーン)の説明を行ったところ、控訴人が改めて右条件下での就労を希望する意向を明らかにしたので、同月二〇日より出勤するよう指示して面接を終ったこと、その後控訴人は同月二〇日出社し、午前中は住若の、午後は被控訴人会社代表者の研修をそれぞれ受けるなどして、同日以降正式に勤務するに至ったこと、がそれぞれ認められ、右認定に反する趣旨の原審における控訴本人の供述部分は前顕各証拠に照らしにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、本件労働契約においては、被控訴人の主張1(一)ないし(三)の如き内容の賃金等に関する約定が成立したものと推認するを相当とする。
三 次に、請求の原因3(二)の事実について検討するに、原審における控訴本人の供述中にはこれに沿う部分があるが、右供述部分は前顕各証拠に照らしにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。もっとも、募集広告である(書証略)には、「大型入社祝金支給」と記載されているが、その金額自体明らかでないうえ、これも前示のように申込の誘引に過ぎないものというべきであるから、右記載によっても前記事実を認定するに足りない。
四 そこで、未払賃金等の有無、すなわち、被控訴人の主張2ないし4の当否について順次検討するに、控訴人が昭和五六年六月二一日に欠勤したことは当事者間に争いがないから、日割計算により少なくても金七四〇〇円を控除することには理由があるものというべきである。また、控訴人の昭和五六年六月二一日から同年七月二〇日までの月間獲得契約本数が四本に満たなかったことは当事者間に争いがないところ、前認定のように、控訴人と被控訴人との間には月間獲得契約本数が三本以下の場合には営業手当の三万円は支給されない旨の約定がなされていたのであるから、これを支給しないことにも理由があるものというべきである(なお、控訴人は当審において、被控訴人会社の手落ちと怠慢がなければ、さらに三件の契約が成立していたとして、四本以上の契約が獲得しうべきであったかのような主張をするけれども、本件全証拠によるもかかる事実を認めるに足りないから、その余について判断するまでもなく右主張は失当といわなければならない)。さらに、控訴人に支給されるべき賃金については法律上要求される所得税の源泉徴収として、少なくても金一万〇〇六〇円を被控訴人において控除するのも理由があるものというべきである。
五 そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、本件一か月分の賃金等として支給すべき金一八万五〇〇〇円から、欠勤控除分金七四〇〇円、営業手当不支給分金三万円、所得税の源泉徴収分金一万〇〇六〇円をそれぞれ控除した金一三万七五四〇円を支給したこと(右事実は当事者間に争いがない)によってその支払を完了したものということができるから、なお、被控訴人の控訴人に対する未払賃金等の債務が存するものということはできない。
六 よって、控訴人の本訴請求は理由がないので、これを棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、民事訴訟法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条本文、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 近藤壽邦 裁判官 田中昌利)